藤田まことさん

幼い頃ラジオ番組で【かしまし娘】と一緒に出ていらしたと思います。題名は思い出せません。おませだった姉がよく聴いており、何も解からないまま私も一緒に聞いていたものです。かしまし娘のお三方が藤田まことさん演じる【いのさん】だったかな?ひとりをめぐって恋敵として火花を散らす内容だったような…。
という事はもて役だったんですね。
暫く後にテレビの【てなもんや三度笠】で大ブレイク。こちらでは全くもてない渡世人を演じていました。「俺がこんなに弱いのも、あたりまえだのクラッカー」未だにこんな言い回しが出てくるなんて、本当にしょーもないことばかり覚えているものです。
必殺○○もかなり有名なのでしょうが、私には小学生時代の【てなもんや三度笠】の記憶の方が色濃く残っています。毎度毎度同じパターンで舞台のセット(建物)を壊してお終い。貧しい生活の中での唯一の娯楽がこれだったように思います。
このドタバタ喜劇を受け継いだのがドリフターズの【8時だよ全員集合】です。何事もそうですがいきなり革命的な事が起こるのではなく、何かが起こるにはそれなりの流れがあり必然性があって起こるものです。
ラジオからテレビに情報媒体や娯楽が移り行く時代、その中で革命的な事をされていたんだなあ、と今更ながらに思っております。
享年76歳。もっとお年を召していらっしゃるのかと思っていました。まだまだお若いのに残念です。


山にのめりこんでいた頃、会の親分がよくこんな事を言って褒めていました。
藤田まことって凄いんだよ。車の自慢をする人って多いじゃない。そんな人の自慢話を何も言わずに聴いているんだよ。自分はロールスロイスに乗っているのに。」
当時ロールスロイスというと天皇陛下が乗っている車、って事しか思い浮かびませんでした。ドタバタやっていても謙虚な方だったのですね。凡人なら「俺はロールスロイスに乗ってるよ。」とつい漏らしてしまうでしょうに。まあこんな話はどうでも良いのですが、つい藤田まことさん絡みで思い出した事です。
ロールスロース然り、ベントレー然り。イギリスってネームバリューだけでなく確かな技術力がありますね。ただ大衆受けして稼ぎに繋がるものが少なく、そのおかげで憂き目にあっているブランドが多いです。ジャガーにしてもローバにしても今じゃインドのタタモータースに買われてしまいました。嘗ての宗主国の有名ブランドをその植民地だったインドの企業が傘下に収める…インドの人々には感慨深いものがあるでしょう。そういえば第二次大戦時の戦闘機スピットファイヤ、この機動性にもドイツが散々手を焼いたんですね。あの楕円翼、ラジコンの飛行機で造りたいと思いながらとうとう造れなかったもの。
ベントレーも元は戦闘機用エンジンをアルミニウムで初めて実用化したベントレーさんが造った車だったんですね。かの白洲次郎もオックスブリッジ時代に友人とベントレーでヨーロッパを旅したとか。
大英帝国エスプリをこよなく愛した藤田まことさん自身、英国的なジェントルマンでもあったんですね。
ご冥福をお祈りします。