食とは?

今日の帰りがけ、職場の女子社員達がなにやらダンボール箱に詰めていました。
インスタント食品やらペットボトルの水やら。ピーンと来ました。そうです地震被災地へ送るもののようです。
お金での寄付も必要なものには違いありませんが、こういった現物の方が現地の方々には有難いでしょう。ついお金で済ませる事に慣れきっていた自分に気付き少し反省。
昔はペットボトル入りの水なんて商品として存在していませんでしたが、こういった時には便利ですね。きれいでおいしい水がキャップを空けるだけでいつでもどこでも安心して飲めます。我家でも一時期災害対策用にストックしていた時もありましたが、いつの間にかしなくなってしまいました。定期的に買い換えるのを忘れてしまって…。
やっと幹線道路も制限はあっても通行可能になったようで、徐々にではありますが支援物資も届き始めています。
日持ちして手軽に摂取できるものとしてインスタント食品も威力を発揮しています。しかし見るからに栄養が偏ってしまいそうなものばかりです。もう少し流通が安定してきたら身体に良いものも提供できるでしょう。今はなんでも良いから生き延びる為に必要な最低限の物だけでも仕方がないってところでしょうか。
箱の中を見ているとなんだか懐かしくなってきました。独身の頃の私はこんなものばかり食べていたのです。
そういった食生活が長かった所為か、私の食というものの捉え方が人とは若干違っているような気がします。食とは単に空腹を癒す為のものとしか捉えていないのですが、かみさんに言わせると食とは明日の身体を造る材料なのだそうです。
私の捉え方では腹さえ膨れれば良いのでどうしても澱粉質の物が多くなってしまいます。その方がお値段も安いのでより多く摂れます。しかし必要な栄養素、たとえばビタミンや蛋白質などが欠乏している為、無意識に身体がより多くを要求し、つい過食になってしまいます。より多く摂るためにはより廉い食材を選ばなければならない、より廉い食材ばかりでは栄養が偏りそれを補う為により過食になる。という悪循環に陥ってしまうのです。小太りなのに栄養失調という戦後の子供達の典型でもありました。
それが結婚後の食餌療法のおかげかいつのまにか過食に陥る事も無く、気が付けば小太りも解消されていました。これは多少【医】というものをかじってきたかみさんのおかげです。
それでも長い間の習性とは恐ろしいもので、自由にメニューを選ぶとなると未だに廉くて量の多い物を選んでしまいます。悲しいかな美味しさで決める事ができないのです。まるで犬と同じです。(犬は味わって食べていません。口で味わわず飲み込んでしまいます。)
三つ子の魂百まで。この習性は一生変わる事は無いでしょう。