Aさん

昔、うちの会にAさんがやって来ました。今で言う中高年の域に達した高齢の方でしたが、会の方針である「去る者は追わず、来る者は拒まず。」の精神に則り入会して頂きました。
酒癖が悪く、無頓着で身勝手。おまけに妙に理屈っぽく話がくどい。山へはご一緒したくない人の典型でした。
とは言え寛容な人種の多い我が会では、あからさまに避けるのもバツが悪く面と向かって注意する人も居ませんでした。いや、それとなく注意しても全く気付かないと言う方が当たっていたように思います。
それでも最も事故を起こしやすい人の筆頭である事は皆気付いており、合宿ではご一緒しても個人山行ではご一緒したくありません。本人に気付かれないようにコソコソと相棒等と連絡しあい内緒で個人山行をしていました。
テント内ではいつまでもグダグダ言いながら飲み続け、酔っ払っては物をひっくり返し危なくて仕方がありませんでした。私の相棒はAさんの事を「○○会の恥部だ。」などとも言っていました。
こんな事もありました。ご飯を炊く時の水加減について、手首のくるぶしまでがどうのこうのと言い全く譲らないのです。山でご飯を炊いた事のある人ならご存知と思いますが、水は米の深さの2倍にします。あまりにもくどいので失敗してみるのも本人の為と好きにさせました。当然まともに炊ける訳がありません。結局それに気付いた者が後から水を足しましたがグチャグチャで食べられたものではありませんでした。しかし当の本人は何も覚えていません。そしてこの失敗は私がしでかしたものと思い込んでいます。
【長幼の序】なんて言うのは常識を備えた者同士の間で成り立つものであり、無知な後輩には年齢など無関係に毅然とした接し方が必要である事をこの時学びました。失敗がご飯で済んだから良かったものの、これが登攀時なら生死に関わる問題です。
また極度の寒がりで、個人装備(防寒着等)が多すぎて共同装備が入らないと言い他人に持たせる始末。そしてテント内では大汗をかきながら大鼾。酒も入っている事から脳卒中が心配になるくらいでした。
こんな鼻摘み者でしたが、人からきつく叱られると殊勝なくらいシュンとしてしまい、一面子供のような可愛らしさもありました。ただ翌日には全て綺麗に忘れ去り元の鼻摘み者に戻っていました。
このAさんも典型的な受身体質で自ら計画を立て主体的に山行する事はありませんでした。口から出る言葉は「連れて行って。」だけなのです。
ただし、同じ受身体質でも今回の大雪山の遭難に見られるような【なにもかもお任せ】ではありませんでした。意外に警戒心が強く、リスクヘッジの為に人に付いてきて貰うというようなものだったのです。
今にして思うと、Aさんは性格が悪いのではなくそうせざるを得なかったのではないかと思います。
話がくどいのも、中高年にありがちな理解力の衰えから、何度聞いても納得できるほど理解できなかったからではないでしょうか。
無頓着なのも、自分の振る舞いを客観視出来ていなかったのではないでしょうか。
私自身が今中高年の域に達し、記憶力の低下や観察力の低下、思考力や理解力の低下を感じ始め、やっとこの年齢層の人の痛みが解り始めました。
ガイドがなんと言おうと自分が危険だと思ったのなら意地でも小屋に留まるくらいでないといけません。ガイドといっても自分の子供ほどのガキでしかありません。また防寒着無しで入山なんて常識以前の話です。いくらお任せ登山とは言えこれらの参加者自身に山へ行く資格が欠如していたのは明かです。主体は自分です。ガイドは単なる補助者でしかないのです。お任せ登山ばかり繰り返している内に自分の事を熟達者だとでも思い込んでいたのでしょうか。こんな人達よりあのAさんの方が余程謙虚です。少なくとも自然の前では自分が無力である事を認識していました。
ツアー登山のお任せ登山が好きな方々も是非Aさんのような用心深さ、我の強さというより主体性を持って山に向きあって頂きたいものです。
今回の事故でツアー会社に家宅捜索が入ったそうです。未熟なガイドに任せっきりというのも問題ですが、参加者自身にも大きな問題があります。この類いの人がいる限り事故はなくなりません。いや事故ではなく当然の成行きでしょう。何年か前の秋、白馬で亡くなった中高年女性ばかりの遭難、今年の春の鳴沢岳、いずれも防寒着無しの疲労凍死でした。
最近は防寒着無しの山行が流行りなのでしょうか。寒がりの私にはとても想像が出来ません。