岳人の魂

いかにも大袈裟な言い方ですね。
今の人達には何の事か解らないでしょう。昔の人はピッケルへの思い入れが強くこう表現する人がいました。
日本刀=武士の魂 を真似て言っていたのだと思います。国産のピッケルを作り始めたのが刀鍛冶の流れを酌む人達なので尚更かもしれません。ただ初期のものは折れる事もあったようです。使う側もリスクを承知だったのか現在のようにすぐ訴訟って事にはならなかったようです。材質としてクロモリ鋼が使われるようになり品質も安定してきたと思われます。
刃物の一種だからという理由だけでなく、昔は価格的にもずいぶん高価なもので何本も持つほど経済的余裕のある人はほんのひとにぎり。一生添い遂げるほどの覚悟で購入に挑んだものです。それこそ生涯の伴侶と呼べるほどのものでした。だからこそ思い入れも一入だったのでしょう。
因みに私が買ったカドタの汎用品でも一万数千円していたと思います。初任給が4万円でしたから今なら5-6万円というところでしょうか。
それが現在でも1万円程度。山の道具って随分安くなったものだと思います。今の人達にはさぞかし敷居が低い事でしょう。と言っても若い人は山なぞ見向きもしないですね。今、山で見かけるのは経済的に余裕のあるお年寄りばかり。もっと売価を高く設定しても良いのじゃありませんか。
この武士の魂、典型的な無精者の私は手入れなぞ全くしていません。濡れたからといって気にもしないで車のトランクに放り込んだまま。当然錆びは付いていますがそれほど酷くはありません。いつだったか子供がドブ掃除に使い放っておいたのでその時はさすがに真っ赤になっていました。それでも一度使えば余分な錆びが落ち元のこげ茶色?に戻ります。魂なぞと言っても所詮は道具です。道具は使ってこそ道具たりえるのです。
しかし最近は杖としてしか使ってないなあ。
思い入れがありながらもピッケルという言葉にはなにか気取りが感じられます。その所為か皆【ツルハシ】と自嘲気味に呼んでいました。私が未だに【ツルハシ】と呼ぶのも当時の癖が抜けないからです。
よく似たものにバイルがあります。こちらは素直にバイルと呼んでいました。道具として使う頻度は【ツルハシ】よりずっと高く、こちらの方が【岳人の魂】という言葉が合っているように思います。ピックもより刺さりやすいようにグラインダーで薄く砥ぎ、トンカチの頭はより軽くするために削ったりと皆が皆自分の使い易いようにカスタマイズしていました。より楽に振り回せるように、より効率よく支点が取れるようにと。
ところで未だにピッケルにはブレードが付いていますが何に使うのでしょう。昔はカッティング用によく使いましたが今は殆ど出っ歯のアイゼンを履いています。カッティングなんてしなくてもどこでも登って行けちゃいますね。リンゴを割る為に残してあるのでしょうか? 殆ど形骸化しちゃっているように思います。


ツルハシの影に隠れて影が薄いですがアイゼンも岳人の必須アイテムですね。鈴鹿では滅多に使う事はありませんが、その利便性はツルハシ以上かもしれません。これも物価の優等生ですね。今もって1万円程度で売られています。
最近のものはプラスチックのプレートが付いており軟雪でもダンゴになり難いそうです。昔は軟雪ではすぐダンゴになり返って危ないので硬く締っている所でしか使いませんでした。足に付いたダンゴをツルハシのシャフトで叩き落としながら行く。昔はよく目にした光景です。
また当時のものは今のようにワンタッチで装着できるようなものではなく、片側にバックルの付いたアイゼンバンドで編むように締めて行くものでした。(一本締めと言っていました。)吹き曝しの中、手袋をしたままでの作業は苦痛以外のなにものでもありません。世の中便利になったものです。(素手はご法度です。氷点下の金属に触れると張り付いてしまい下手をすると血を見る事になります。それ以前に表面が凍傷になってしまいます。)


つるはし、アイゼンが当時1万円程度で現在の5-6万円に相当していましたが、考えてみると靴はもっと高価だったんですね。今冬靴として履いているハンワグは4万円ほどで買いました。昔履いていた同じくハンワグのラングコッフェルが当時の定価37,000円。ローバのチベッタなぞ45,000円もしていました。当時の価格で、ですよ。
今の価格にすると約20万円くらいでしょうか。新入社員の1ヶ月分の給料に相当していた訳です。
そう言えば私も最初はキャラバンシューズを履いてました。鈴鹿くらいなら我慢できてもこんなもので北アなんて遭難しに行くようなものです。無理して買った国産の皮製山靴が足に全く合わなくて、かといってすぐ買換えられるほど経済的な余裕もなく足を靴に馴らせて履いていました。よくもまああんな苦痛を我慢できたものです。
そしてとうとう我慢しきれずに買ったのがガリビエール。冬の3,000mにはチトきつかったですがクレッター風で軽快なフリクションでした。クレッターと冬靴の中間ってところかな。
甲高幅広の典型的な日本人足なのに国産より欧州製の方が履き易いって不思議ですね。
経済的に余裕が出来てからやっと買ったのがラングコッフェルです。うちの会ではチベッタ派とラングコッフェル派が半々でした。ラングコッフェル派はチベッタ派を羨望の眼差しで見ながら口では「痛いのを我慢して可哀想に。」と言い、チベッタ派は例え無理をしていても誇らしげに履いていました。


ザイルも高価でしたね。9mmΦ40mのエバードライが確か24,000円だったと思います。今の金額では10数万円ですか。
こうしてみると金額から行くと靴が最も高価ですね。それでもピッケルが岳人の魂と言われるのは、日本刀に通じる刃物である事、より厳しい冬の道具である事、バイルよりも一般の人達の知名度が高かった事、などからそう言われるようになったのでしょう。それと高価な道具である為、生涯の伴侶と言えるほど大切にしていた事もその理由のひとつかもしれません。
私ももう少し大事にしてあげないといけませんなあ。