メットが無い!

「明日は赤いの(エイト)で行こうかな?」
「駄目! ボロ(カルちゃん)が空いてる時はボロで行きなさい。」
と、敢え無く却下。まっ良いか。ガソリンも値上げした事だし。

風呂上りにAuに入れっぱなしだった靴をカルに入れておく。
「ついでに倉庫からメットを出しとこう。間違って使う事があるかもしれないから。」と、倉庫を家捜し。
無い! 黄色の【ボスミル】が無い。あるのはかみさんの赤い【滝谷】だけ。他には子供のスキー用がいくつか。
フルフェイスなんて使えん。【滝谷】はダサ過ぎる。
かみさんに聞こうかと思ったが、思い留まる。そんなこと聞いたら何を言われるかわからん。「いい年して何を考えとんの。」と叱られるに決まっている。
結局ダサい【滝谷】をカルちゃんに忍び込ませておいた。


当時はガリビエールのメットが皆の憧れだった。他のものに比べ軽くて形も洗練されていた。前部にヘッドランプ固定用のゴム紐が三角を描いておりそれがまたガリビエールの特徴となっていた。【滝谷】にも同じように付いていたがこれはパクリ。30年前の日本は今の中国同様、知的所有権に対する意識が希薄だったのだ。(でも国営遊園地のキャラクターには笑っちゃいますね。)
私の【ボスミル】は倒産品の投売りで500円で買ったものである。それでも一応Made in Italy。
Made in France のガリビエールは12,000円もする超高級品。当時からまるビの私にはとても手の届くものではなかった。
それでも一部の人達は無理をして買っていた。一種のステイタスだったのだ。
軽くても凄い強度で、トンカチで思い切りどついても絶対に頭に達することは無い。なぞとの風評も立っていた。
ある時、その風評を証明する事件を垣間見てしまった。
当時は岳連主催の行事が結構盛んに行われていた。各山岳会が参加し救助訓練なども良く行われていた。
そしてそんな行事を通して他の山岳会との交流もあった。藤内で顔なじみだった人とそのとき初めて名のりあい、その後懇意になる、と言うこともあった。結構横の繋がりがあったのである。
その救助訓練での事だった。たしか前壁での事だと思う。前壁の真下に誰かが置き忘れたガリビエールの白いメットがひとつ。そこに一番上から拳大の落石。皆が見ている前で石は唸りを上げて落ちてくる。そして計ったかのようにそのガリビエールの真上に激突。
鈍い音と共にガリビエールにはヒビが。しかし穴は開いていない。真っ二つにもなっていない。二度と使用には耐えないが、これを見る限りガリビエールは本来中にあったであろう人の頭を守りきったのである。
勿体ないと思うよりガリビエールの強靭さを目の当たりにして一種の感動に浸っていた。この感動を感じたのはきっと私だけでは無い。その場にいた全ての人が感じていたと思う。その証拠に、暫くの間、だれも声を出さなかった。皆が皆見ていたのにである。
この事件の後きっとガリビエールのメットは飛ぶように売れたのではないかと思っている。まるビの私はやはり買えなかったが。
今になって思う。あの時無理をしてでも買っておくべきだったと。
そうすれば今の若い人達に、前壁事件とガリビエールの自慢が出来ただろうに。 ああ残念。


それはそうと、【ボスミル】どこへ行っちゃったんでしょうね。
中がボロボロになっていたから捨てられちゃったのかもしれない。青春の思い出がまたひとつ無くなってしまった。
【滝谷】よりカヌー用のメットの方が垢抜けているが如何にも柔い。あれじゃあ3cmくらいの小石でも脳天まで貫通してしまうだろう。
しゃあない、【滝谷】で我慢しよ。しかしダサいなあ。