黙読と情報認識

などとまた堅苦しい題をつけたものだが、私の脳ミソの異常さについて少々。
本日帰宅途中の地下鉄の中で、ふとした事から数日前に目にした新聞記事を思い出した。
エルベ河渓谷が世界遺産登録抹消の危機に直面している。というものである。紙面の片隅にポツンと記されたごく短い記事であった。
何かのきっかけが無ければ記憶にも上がってこない情報である。通常はそのまま記憶から消えて行くのである。
私だけなのかどうか解からないが、漫然として何かを読んでいると内容を全く認識しないままただの文字列として記憶しているようなのだ。何かのきっかけでそのINDEXにヒットするとその文字列が思い起こされその時点で始めてその内容を認識するのである。その時その書物が視覚的に思い出され、その様子から新聞だったか、それとも何かの本だったか、新聞なら紙面のどの辺りに載っていたかなどが視覚として思い出されるのである。たぶん読んでいる時はその内容についてなぞ何も考えていない。ただの文字列を目で追っているだけである。殆どの情報がそのまま消えて行ってしまうのである。
読書の場合はこんな読み方と、その内容について自分の考えとじっくり対比させながら読む方法のどちらかを採っている。前者は読み飛ばすという表現がぴったりで読むのも速い。後者は当然遅いが認識の度合いは高い。
新聞の場合は殆どが前者で、通勤途中のボ〜としている時に思い出しながら情報として認識しているようだ。そして書かれた内容に後になってから腹を立てたりしているのである。全くもってオタンチンなのである。
こんな私の頭ってやっぱり変? キの字一歩手前?


何がきっかけでこの記事を思い出したのか解からない。しかしこの時初めてエルベ河渓谷の情景を思い浮かべていた。ドレスデン市内のエルベ河は河幅も狭くこれがあの大河とはとても思えない。それがその上流へ暫く遡るととてつもなく広い河幅と深い谷となった渓谷に様変わりするのである。高く切り立った崖の上に付けられた道路から見下ろす渓谷は、広すぎて対岸が霞んで見える。そして緑の中に点在する石造りの建造物は中世の面影を残したままなのである。
ライン下りの景色のように建造物は多くなく、本当に点在という表現がぴったりなのである。
ドレスデンに入る為の橋が少なく交通渋滞緩和の為にエルベ渓谷に橋を建造しようとしているそうで、それを裁判所が認可したとの事だ。しかし実際に建造するかどうかはまだ解からない。
欧州人は結構保守的である。いや保守的というより「古くても良いものは残しておこう。」という考えである。
今でこそ日本でも街並みの景観を乱すものの建築を制限するようになってきたが、それまでに散々古き善き物を破壊し尽しているのである。開発の名の下、実利の無いものを軽んじる思想は節操なくなにもかもぶち壊してきたのである。
東独時代は戦争の爪痕をそのまま残していたが、併合後は近代的なビルがどんどん出来ていた。あの様子ではどう転ぶか解からない。
旧西独の人達なら景観保存に、旧東独の人達なら近代化を優先するのだろうな。そしてドレスデンは旧東独である。
東独時代の方が風情があった。などと言うのは部外者の勝手な思い込みかなあ。不便だからこそ風情が感じられたのだろうか。
ヒースロー(ロンドン)から小型機で西ベルリンへ。東独領内に侵入しないように急降下。まるで落ちるような降下速度である。鼻をつまみグッと息を込めないと鼓膜が破れそうなほど痛くなるのである。空港には金属探知機など無く、山のようにデカイ兵隊さんが直接身体に触れてチェックするのである。東ベルリンへの国境ゲートにはこれまた山のようにデカイ東独の兵隊さんが実弾入りの鉄砲を抱えて並んでいるのである。取引先の人が言うには、「急に動いては駄目。走り出したりしようものなら蜂の巣だよ。」
東ベルリンからドレスデンまでは石畳のアウトバーンをひた走る。バケーションシーズンでは、紙で出来ている事で有名なトラバントがトレーラーを曳き同じようにアウトバーンを走っている。なんでも別荘へ出かけるのだとか。一部の富裕層なのだろうが、これが共産圏なのかと納得したものだ。町に入ると大戦中の爆撃で破壊された建物がいたるところに残されている。一種のモニュメントとして。
中世の石造りの建物は皆、酸性雨で真っ黒。その暗い中の金箔貼りの装飾にやけに違和感を感じた。
若者に人気のカフェに行くと目鼻立ちの整った若い男女がいっぱい。でもカップルは見かけなかった。男のグループ、女子のグループで来ているだけで双方での会話は無い。そしてなんとなく暗い。チャーミングなだけに余計暗さが強調されていた。
突然紛れ込んできた東洋人達に奇異の目を向けているのが良く解かる。
「相互監視の全員警察国家だからね。我々の行動は逐一警察に報告されているよ。」案内してくれた商社員氏の談。
住む人達の異様な暗さ、中世と戦後と近代的なものが同居する町。それがドレスデンの印象だった。
併合後、再度訪れた時、街並みはガラッと変りまるで西独。人々の暗さは無かったが屈託の無い明るい笑顔はあまり見かけなかった。


エルベ渓谷の記事を思い出した時、このように次々といろんな事を思い浮かべていた。黙読していた時は何も考えていなかったのに。