Dyson V7バッテリー交換

先日壁際の綿埃を取ろうとダイソンを動かしたらウイ〜ンと言う音と共に一瞬にして停止。バッテリーが完全にお亡くなりに。それまでは10数秒は動いていたのですが。
それでいよいよ踏ん切りが付きポチッとnet買い。
それが本日届きました。埃が飛び散らないように新聞紙を敷き、その上で作業開始。ipadYOUTUBEにup済みの動画を見ながら。と言ってもビンを外しネジ3本を緩めるだけ。あっちゅうまに完了。スタンドに立て充電しておきます。
そして久々のダイソン掛け。一階フルコース+階段+2階ホールと掛けましたが電欠の気配なし。買った当社の純正バッテリーでも2階ホール途中で電欠してましたから大容量は確かなようです。
久しぶりのダイソン掛け、家中綺麗になってスッキリ。
LINEでかみさんに金額請求したら来月回しにされちゃいました。忘れずに振込んでくれるかなあ?

11時頃急に甘いものが食べたくなり、「牡丹餅が食べたいねえ。」長引く風邪の所為で食欲が湧かないからでしょうか?
空かさずかみさんが、「美好餅買って来たら?」
お萩(牡丹餅)より美好餅の方が柔らかくて食べ易そうです。ちょっと遠いですが。それに美好餅は午前中に売り切れてしまう事が多いので急がなければ。
お店の前は相変わらず美好餅渋滞。なんとか駐車して店内に入ると待ち行列。予約客も多く相変わらず大繁盛。
なになに、3月1日から大福餅が150円から160円に値上げ? まあこの大きさなら値上げしてもまだまだお廉いです。
6個買って帰ります。もう少し遅かったら買えなかったかも知れません。
帰宅後半分はラップに包んで冷凍庫。自然解凍でまたいつでも好きな時に搗き立て柔らかな美好餅が頂けます。
昼食後搗き立ての柔らかな美好餅。う〜ん、んまい!
午後かみさんに言われます。あっ、そうだ今日はP.P.にヒロ君の誕生ケーキを受取りに行くんでした。
かみさん、ヒロ君の分以外に自分用も注文していました。6,000円+4,000円。
ジャストしか預かってないけど、tax分は誰が払うの?

なかなかスッキリとは・・・

行きませんね。若い頃は一日寝たらスッキリしていたのに!
熱はもう平熱、喉のイガイガは相変わらずですが、咳込んだら止まらないなんて事はもう有りません。この痰の絡みなんとかならないですかね〜?
スッキリしない原因は身体のダルさ。筋肉量も減っているし仕方がないのかも知れません。
かみさんが「来週どうするの?」と聞いて来ます。はい御在所通いの件です。そうか、もう木曜日か? もう一週控えておくか? 下手すると2月は全滅しそうです。もう二度とスタバなんぞに行かないぞ。
そんな不調にも拘らず昨日は午後から確定申告。はいe-taxです。何度やっても慣れませんね。昨日もまたやらかしてしまいました。送信前の確認で気付き記入し直しました。尤も期限内ならば何度でも修正可能です。最新のものに書換えられるだけのようです。添付書類も提出免除のものばかり。本当に楽ちん。昨年に比べ還付金が少し少ないですが、理由は解っています。法改正により、バイトの日数から健康保険料を企業が負担する事になったから。それ以前は健康保険税として夫婦で年間20万以上払ってましたから。例え自己負担額が2割(かみさんは3割)になっても、全額負担分より多額の健康保険料を払ってたんじゃ保険の意味ありません。いやいやそれを言っちゃ駄目ですね。なんたってかみさんの闘病中はそのお陰で自己破産を免れたんですから。
しかし面倒臭いと思っていた法改正による健康保険料の企業負担、大幅に我家の負担が減っています。今更ながら、日本人に生まれて良かったです。

今日も朝から預け換え

じぶん銀行金利積増しキャンペーンの第二弾。前回同様他で満期になったものを。
今回は額もチト大きく持ち運びも大変。
昔のように年利数%ならばこんな苦労も厭わないのですが、たかが数万の為になんでこんな面倒な事を? いや、毎日続けているポイ活に比べれば、なんのこれしき!
今月から私のステージはゴールド。制限無く何度でもATMが使えます。しかしここのATM、処理が遅いです。UFJ日進駅前支店のATMは無茶苦茶速かったそうです。その日進駅前支店も店舗統廃合の煽りで廃店、本当に不便になりました。
その鈍臭いATM、怪獣ビルイーター(Billeater)とでも言いますか、よくもまあこんな紙屑ばかり食うものです。「もう入りません。」と悲鳴も上げません。一体どれぐらい入るんですかね〜?
いや案外本部には既に紙幣ニアフルのワーニングが出てて急遽回収便の手配をしてたりして・・・。
散々手古摺らされましたがなんとか終了。
買物ついでにかみさんがハーゲンダッツを買ってくれました。先日のスーパーカップの空箱を見たようです。「調子の悪い時くらいまともなものを食べれば良いのに。」と。

美味しかった。旨かった。
原材料が生乳でそれ以外にいかがわしいものは使われていないという安心感はありますが、スーパーカップと味にどれほどの違いがあるのか? と思うとなかなか買えるものではありません。ホント貧乏性やなあ。(人へのプレゼントなら躊躇しませんが。)

まるまる一週間

一週前の日曜日、人生二度目のスタバ。
これがいけなかったようです。マスクはしていたのですが、普段から人混みを出歩く事はなく、その抵抗力も極端に弱くなっているのでしょう。
帰宅後喉のいがらっぽさに気付きうがいとのど飴。
翌朝少し風邪気味でしたが大した事はなさそう。なんたって週末には久しぶりの田立が控えてますから、それまでには治しておかなければ。
それが日を追うに従いどんどん悪化。こりゃ駄目だと思っていたら「滝の氷結は期待薄なので急遽中止。」との連絡あり。渡りに舟とばかりに了承したのも束の間、変わりに藤内沢に行くとか。「やっぱりお断り入れとこ。」
土曜日まるまる一日寝ていたにも拘らず体温は下がらず。
日曜午後にだいぶ身体が楽になり検温するとやっと36度台。食欲も出て来てアイスが食べたくなってきました。かみさんは居ないし、一人でお買い物。
こういった時って無性にダノンの安物ヨーグルトや偽物アイスの定番、スーパーカップバニラが食べたくなります。はい両方買って来ましたとも。それに体力回復の為にアミノバイタルゼリーも。
熱っぽい身体に何れも抵抗なく吸い込まれて行きます。
スーパーカップを食べながら成分表示に目を遣ります。植物性油脂とは記されていますがトランス脂肪酸の表記はありません。でも絶対入っているよなあ。
まあ年に一回くらいしか食べ無いなら気にする事はありません。かみさんなんてあの悪名高きマーガリンをトーストに塗って食べてますもん。例えヤマギシ製だからといってトランス脂肪酸が入っていないなんて事ありません。
子供の頃学校から帰って来ても誰も居ない。食べるものも無い。偶に食パンが残っている時があり、それにマーガリンを塗って食べた時の美味しさがこの年になっても忘れられないのだそうです。
多少有害なものが含まれていても、こういった心の糧を食べない事の方が身体には良くないでしょうね、きっと。
さてスーパーカップについてですが、この旨さの秘密について。
レディボーデンは皆様ご存知ですね。実はこれ米国ボーデン社と明治乳業合弁会社のブランドでした。日本での高級アイスクリームブランドとして長期に亘り君臨していました。やがてハーゲンダッツが参入、徐々にシェアを落として行きます。理由は解りませんが両社は提携を解く事になります。その後暫くレディボーデンは世の中から姿を消します。まもなく日本での提携先を探しといたボーゲン社に今度はロッテが名乗りを挙げます。現在市場に出回っているのはこのロッテが製造しているものです。その後本家ボーデン社は倒産しかろうじてレディボーデンの製品名に名を残しています。
一方明治乳業はボーゲン社との合弁解消後、そこで培った技術を駆使し、高価な乳脂肪の代わりに安価な植物性油脂を使ってレディボーデンのコクのある味を再現します。これこそがスーパーカップバニラ味です。皆様是非一度レディボーデンと食べ比べて見てください。
成分表の如くレディボーデンは紛れもない本物のアイスクリームですが、スーパーカップラクトアイスと呼ばれる所謂偽物アイスです。しかしそのお味は?
殆どの人は「同じじゃん!」と思われるでしょう。
熱っぽい時何故かスーパーカップが食べたくなる理由、それはこんなところに在ったんですね。
偽物でもいいじゃん、美味けりゃ。おまけに安いし。

旧知の友

2024年ももう2月。そろそろ年賀状の住所録の整理でも。K君も長い事賀状が来ないので、リストから外そうかと思っていた矢先、封書で連絡が。早速連絡を取り本日会ってきました。
最後に会ったのがもう30年以上前。お互い年を食いました。マスクをしていたら街で逢っても絶対に判らないでしょうが、マスク無しだと面影が色濃く残っています。
会わない間に起こった大きな出来事などの近況報告から昔話など話は尽きません。
加齢と共に昔の事をよく想い出すようになったとK君が言います。お互い様と思っていたら意外な一言。
私に意地悪された事を想い出すのだとか。個人山行で木曽駒へ行った時の事だそうです。あの時の事は私も朧げながら覚えています。確かK君の他にAさん、F君そして私の4人だったと思います。そして私の記憶に残っているのは雪に降り込められ一日沈殿した事のみ。
ところがK君が言うには、K君のザックにいつの間にか大きな石を入れられていたのだとか。半バテで休憩の時、私が妙にニヤニヤしていてそれで気付いたのだとか。その後も一緒に山行をしていたのに、その事について一言も口にしていませんでした。後輩という事で口に出せなかったのでしょう。やったであろう私は全く覚えておりません。今更ながらですが謝っておきました。
まあいかにも若いガキ共のやらかす事らしいです。昔はこんな悪戯をよくやっていたんですねえ。やられた側は堪ったもんじゃないでしょうが。
今ならパワハラ認定でしょうが当時はそんな事が日常茶飯事という、おおらかと言うか無自覚と言うか、そんな時代だったんですね。
K君にとって積年の恨みも解消出来た事として、お互いLINE交換。今後は無料のLINE電話で連絡を取り合う事が出来ます。

武田薬品

どうでも良いしょうもない話ですが・・・。
先日気付きました。アリナミンの宣伝をしている会社が武田薬品でなくなっていることに。どうやら販売の為の子会社を設立していたようなのですが、その子会社を売却してしまったようです。その社名がアリナミン製薬。販売だけでなく製造も行っているようです。他にも製造販売している薬はありますが、知名度が抜群に高いアリナミンを社名にしたようです。
では武田薬品は? どうやら新薬開発に注力するために子会社売却で得た資金などの経営資源をそちらに向けるようです。いつの間にか経営者も横文字の名前になっているようですから、欧米流の経営手法に変わって行ったようです。

高校の頃、生物の教科担任が居りましてあだ名がアリナミン。そうです、本名は武田先生。もうこのあだ名は返上しなければなりません。
ん? ちょっと待て。私が齢73歳。もう武田先生、教壇には立って居られないでしょう。もしかしたらご存命でないかもしれません。要らぬ心配でしたかな?

朧げな記憶を辿ると

最近ちょっとした事で身体のあちこちを傷めます。先日も腰を傷め、御在所へ行ったら治ってしまいました。原因は運動不足である事はは一目瞭然。
でも家に居ると動きたくなくなっちゃうんですよね〜。
そう言えば昔はよくラジオ体操やってましたね。まず頭にラジオ体操第一の音楽が流れてきます。チャンチャカチャカチャカ、チャンチャカチャカチャカ、タラリラタラタラ、タラリラリ〜♪
すると勝手に身体が動き始めます。これは条件反射のようなもので長い間に身体に染み付いてしまったもののようです。
今の若者はどうか知りませんが、我々世代は誰もがそうなのではないでしょうか。
山でもよく見かけましたね。大学ワンゲル部なんて、版で捺したように出発前と到着後に伴奏なしで全員が間違える事無くやってました。
このラジオ体操、社会人になってからも続けていました。はい、就業前と午後3時には構内放送でラジオ体操の音楽が流れるのです。打合せや立会で訪れた客先でもどこも例外無くやってました。
就職当初は第一だけだったのですが、いつの間にか第二も。と言う事になりましたが、第二の中に首の運動があり、これが凄く効きました。私だけでなく全員が毎回「キク〜。」って言ってましたから。細かな作業が多く肩を凝らす事が多かったので、この第二はかなり効率アップに貢献したのではないかと。
この構内放送、体操だけでなく作業効率アップのためにBGMも常時流す事になりました。最初は軽音楽だったのですがいつの間にやらラジオをそのまま流すようになってしまいました。こうなると仕事がメインなのかラジオがメインなのか?
リピート品製造部門もあったのでこちらはそれでもさほど問題はありませんが、設計の構想を練っている時なぞ気が散って仕事になりません。それでも慣れとは恐ろしいものでそれなりに処理出来るようになります。そして単純作業になると頭は100%ラジオ、作業は手が勝手に動いているだけ。
当時はまだFM放送の黎明期、AMでは得られない高音質と言う事でダイナミックレンジの広いクラシックがよく聴取されていたのですが、高尚な趣味に欠ける我々はしょうもない番組(FM愛知)一択でした。毎朝流れてくるカワシマミエコ?さんの声を心待ちにするように。
この方とは一度お会いした事があります。休日に栄へ行った時、サテライトスタジオが設置されそこから放送していたようです。そこで出されたクイズに私か答えてしまったものですから注目の的に。まるで私じゃないみたいに皆の視線同様に私も私の後ろに目を遣る仕草が面白かったのか、そのカワシマさんに「落研の方ですか?」と聞かれちゃいました。落研って落語研究会の略で、GパンTシャッ姿だった事から学生さんと思われたようです。
就業中のBGMラジオと言うと他には【ポップスベストテン】。土曜日の午後からの放送で「ダイヤトーン、ホースケスケ」と言う音声から始まりました。ポップスベストテンがホースケスケと聞こえていたのですね。たしかシリアポールさんが担当されていました。本当にそうだったのか調べてみると、就職して2年目くらいから8年間も担当されていたようです。就職後すぐに土曜日休みになったと思っていましたが、これをBGMで聴いていたって事は少なくとも2年以上後だったって事です。なんせ半世紀前の事ですから記憶の曖昧さは仕方ありません。
それより驚いたのはこのシリアポールさん、なんとパンチパンチパンチの一人だったそうです。モコ、ビーバー、オリーブのオリーブがそうだったそうです。リーダー格のモコこと高橋基子は今でもすぐに思い浮かびますがビーバーがそうだったなんて。この年にして初めて知りました。雑誌平凡パンチから生まれたパンチパンチパンチ、この平凡パンチは他の週刊誌のようなB5版ではなく半分サイズのB6版、その分2倍ほどの厚みがありました。高校の頃化学の担任がいつもバスの中でこれを読んでおり、付けられたあだ名が平凡パンチ。次から次へとしょうもない事が思い出されます。
FM放送の商業放送が始まった当時から半世紀、世の中本当に大きく変わりました。ラジオはまだアナログ放送ですがテレビは全てデジタル化。当時では思いもつかぬ事です。ハンディサイズの携帯電話を誰もが持ち、それもデジタル通信。
当時は誰もが知らなかった米軍秘匿のSS通信が各家庭内でごく当たり前に使われています。
この先一体どのように世の中変わって行くのでしょうね?