生涯最後の贅沢

夕べ歯医者から帰ると直ぐ外で車の音。
ダイニングの窓から覗くと、Mちゃんの軽から降りてきたT哉が私を見止め「ウォッス。」
抜歯したばかりで食事も出来ず手持ち無沙汰だったのでこれ幸いと暇潰し相手に。
「綺麗になったねえ。」 …そうか、外構工事が終わってからまだ見てなかったのか。
「うん、綺麗になっただろ、まあ入れや。」
と言ってもなかなか入ってきません。そして二人で濡縁に座り込み庭を眺めています。それじゃあとtanuoさんも外に出て縁側に腰を下ろします。
すっかり涼しくなり薮蚊も姿を消し、リビングの明かりに照らされた庭木が興を添え、こちらの方が快適です。
「後は庭だけだね。」
「うん、でも屋根付の車庫を付けこの辺の植木をどけてあそこにこの庭石を置いてってやってると車1台分くらいかかってしまう。それに新車に替えると結局車2台分かかる。」
「結構かかるんだね。」
「もうスッカラカン。新車やめれば車庫も要らんし庭もこのままでも良くなるし、結局車2台分が浮くんだけど。」
「好きなようにすれば良いじゃん。」
「子供の教育費がかからなかったおかげで贅沢出来ましたわ。いやS司にはまだかかるな。それでもあの子がまともになってくれたのは助かったなあ。」(まともというには程遠いのですが)
「僕も貢献したんだね。」
「そりゃあもう大助かり。」
そんな話をしていると今度はT哉が話題を変えます。
「実は…。」
「えっ、おめでたか?」
「いやいや、そっちじゃなくて、大型(バイク)買っちゃった。」
そういえばかみさんからも聞いていたのでした。燃費の悪いエイト(RX-8)を売ってMちゃんに新車を買い自分は大型バイク、そしてMちゃんの軽を自分の通勤用に使う、という腹積もりらしいと。
「おいおいMちゃん、そんな事許して良いのかい?」
Mちゃんは笑っているだけ。優しいお嫁さんです事。
今日はS司に貸していたキーロックを取りに来るのが目的だったようです。中古ですが75万円。新車だと150万円。そりゃ盗難にも気を遣います。
07年モデルの675cc、トライアンフだそうです。なんだお前も輸入車か。
実は先日S司とツーリングした時、同じ400でありながらS司に負けたそうで余程悔しかったのでしょう。
そして今日納車。エイトは結局売らなかったそうです。今の引取価格が30〜40万円とあまりにも低過ぎたためだとか。これでは軽も買えません。それなら乗り潰そうかと誰でもが考えます。
「S司のバイク代はどうしたの?」
「自分を追い込む為だとか言ってローンを組んだそうだよ。」
「え〜、オカア(お母)ローンじゃないの〜。オカアローンだと無利息だし、おまけに踏み倒しも可能なのに。」
そう言えばT哉の奴、結局エイトの代金は完済出来ず残りを踏み倒してしまったそうです。まっ、いいか。結婚を決めた途端に態度豹変、返す返すと言っていたのが公然と「もう踏み倒す。」
甘えられるのは親しかいないのだからこれも親孝行?


家の中に入ると目敏くルンバを見つけます。
「そうそう、有難うな。一番高いやつじゃないか。もっと廉いので良かったのに。」
「そんなに高くなかったよ。」親に似ず太っ腹ですなあ。
お探しの物を回収したところで事のついで、玄関のカードキーも二人に渡します。
「一枚でいいよ。」
「人数分作ったからいいよ。Mちゃんひとりでも来れるだろ。」
玄関で使い方を説明します。便利な世の中になったものです。ICカードが鍵だなんてまるでオフィス並みですなあ。


T哉夫妻が帰ってすぐかみさんがご帰還。
「なんだあ、もう少し待っててくれれば一緒にご飯食べれたのに。」
T車社関連企業はまだ木金曜休み。なかなか休みも合いません。
近々転勤になれば単身赴任してMちゃんは我家で。なんて事も言ってました。鵜呑みにすると後でガッカリする事になるので話半分で聞いておきましょ。
我々夫婦、最後の最後で稼いだ分を使い果たしてしまいました。もう子供達に残してやれるものはありません。それでも不振の内需に貢献した訳ですし、子供達には自分自身で生きて行ける力を付けさせたつもりです。下手にお金など残して依頼心の強い人間にしてしまうよりは、この方が良かったと思う事にしましょう。