昔話

I整形外科で受けたリハビリから思い出した昔話。
今でこそ全国各地にリハビリのPT,OTを養成する学校が設立されているが当時は全く無く、かみさんが通っていた所も設立されてまだ数年しか経っていなかった。言わば草分け的老舗学校である。かみさん自慢になってしまうが、数百倍の競争率を突破して入学してくる人達は、高校からのストレート組は少なく4年制の大卒やら社会人経験者など多種多様な人種の集まりであった。当然歳の離れたおじさんおばさんも少なからずいた。周りの人達はかみさんとは比較にならない超エリートや、大人ばかりだったのである。(かみさんも一浪している。)
私なら気後れしてしまうような人達の中でかみさんは皆に好かれていたようだ。いや可愛がられてと言う方が当たっているかな。
話す内容からして、どう見てもおつむの足りないガキンチョとしか思えないのに、何故あんなに人気者だったのだろう。
「きっと周りの人達とは全く異次元の世界に生きていたからではないか。」と思う。
ガキのくせに家事などは手際が良く、自分達との異質さを感じていたのではないか? 学校の勉強しかやってこなかった周りの人達にとって、週末学校が終わってからスキーや岩登りに出かけて行くこのガキンチョはまるで異星人のように見えたのではないか?(道具を学校に持ち込めば否が応でもばれてしまう。ザイルや鉄類を丸出しで持ち歩いていたら眼に付きますわなあ。)

学校の近くには牧野ヶ池緑地があり、早朝ランニングなどを一緒にやっていたこともある。(丁度私の通勤途中であった為、半ば強制的にやらされた。)仲の良い美人の級友を誘ってきたりするので、私も楽しみながらのトレーニングが出来た。一汗かいた後は近くの喫茶店で奢らされる事になったが。
こんなお人好しの歳の離れた人脈があるというのも級友達にとってやはり興味深い人種だったのだろう。


在学中に結婚した事も周りの人達には驚きだったに違いない。「やはり宇宙人だ。何を考えているのか思考パターンが読めない。」皆がそう思っていたに違いない。そしてクラス全員で会費制でお祝いの会を開いてくれた。いい年のおじさんから20歳前の未成年まで全員が集まり祝福してくれた。全員が歳の差こそあれ皆知性的な面持ちの人達ばかりである。かみさんと私だけが宙に浮いているような、バカ丸出しの面持ちなのである。
このリハの仲間達とかみさんは今でもお付き合いが続いている。毎年一回の一泊旅行も誘われるまま出かけている。人付き合いの悪い私とは正反対である。
若い頃の一時期、苦しみ?を分け合った仲間というのは一生の内で得難いものなのだろう。ありきたりのガリ勉さんだった人達にとって、家のかみさんは始めて接した異人種という事で特に貴重な存在だったに違いない。これが多様性を認める最初の経験だったのかもしれない。そして皆の前で言いたい放題しても相変わらず可愛がられているかみさんなのである。幸せなやっちゃ。