出来事

志賀直哉の短編を真似た訳でもありませんが、まあ昨日の出来事でも。
昨日はチョボラで子供達(と言っても年齢的には殆どが成人していますが)とお出かけ。
いつも手を焼かせるK君が出かける前からフリーズしてしまいました。今日はまた大変だろうな。
なんとかなだめすかし車に乗ると先程とは打って変わって上機嫌です。そして私に言ってきました。
「明日はゲスト出演でテレビに出るのでボウリングには行けない。」
「そう、良かったねえ。でも私も明日は出ないので他のスタッフさんに直接伝えてね。」
そう答えても執拗に同じ事を言ってきます。
そして到着後はまたフリーズ。マンツーマンで付き添うスタッフさんも大変です。とうとうサポートしきれず手馴れたMさんと交代。
皆より遅れて付いてきますが待っているとある距離からは近付こうとしません。上目遣いに皆の様子を窺い、さも身体が辛そうな振りをしますが、それが演技であることは見え見えで、ついその狡猾さが鼻に付きます。実はこれ、同じ仲間に大好きな女の子が居り、その子の気を引こうとしているのですが、周りの皆はその事を知っており見て見ぬ振りをしているのです。言い換えればそこまで真剣に人を好きになれるのは素晴らしい事には違いないのですが、その為に蒙る周りの迷惑と天秤にかけると、単に素晴らしい事と片付けるには少しばかり抵抗があります。
お弁当の時も皆から離れ、また交代した新人スタッフさんと一緒に食事をしていました。
様子を見に行った私に新人スタッフさんが、「今日の3時半にテレビ局に行かなければならないと言っています。」と伝えてきます。
「明日でしょ。」と問い質すとどうもはっきりしないようです。
念の為ベテランスタッフさんに朝車の中で聞いた事を話すと、彼の性癖を心得ているようで、「明日は注意して目を離さずにいます。そう言えば暫く前にも奈良のホテルに泊まりに行くと言ってましたね。」
その話は私も聞いておりてっきり本当の事と思っていました。しかしどうやらそうでは無いようです。テレビ局の話も。
彼の頭の中では空想と現実が切り離されておらずそれが常に交錯しているようです。その時私も新人スタッフさんから聞いた、テレビ局行きが今日になっていた事に気付けば、こんな大騒ぎになる事もなかったのでしょうが…。


そして帰りの車に乗る時もまたフリーズしてしまいました。グズグズしている内に彼の好きな彼女がさっさとワゴン車の後部座席に乗ってしまいその隣に乗れなかったのが気に入らず車に乗ろうとしません。家の子がこんな事をしでかそうものなら後ろからケツを蹴飛ばしてでも言う事を聞かせるのですが、他人の子となるとそうも行きません。(家の子はこんな事をして周りの人の足を引っ張るような事はしませんが。)
上目遣いに車の中を窺い様子を確認した上でフリーズするのが丸見えなので余計ムカつきます。いや相手は心に障害を持つ身なのですからそう思う私の方がいけないのでしょう。しかしつい健常者に対して覚えるような感情が湧いてしまいます。
結局周りの者が折れて後ろの狭い席に彼が割り込む事でやっと出発です。
「そんなに帰りたくないのならここに置いていこうか。」なんて言葉がつい口から漏れそうになりました。周りを窺うあの目つきと狡さに辟易してしまいそうです。
自宅マンションまで送って行き彼を降ろします。いつもならエントランスに入って行くのを確認してから次の送り先に向かうのですが、先程までの彼のわがままが鼻に付き、中に入らずアプローチ植栽のブロック塀に座り込んでいるのは解っていましたがそのまま出発してしまいました。
皆を送り終えた後、集合場所に戻りスタッフの方々と今日の報告会を終えてから帰宅しました。そこで携帯に着信があった事に気付きます。連絡するとあの彼がまだ家に帰っていないとの事。そしてベテランスタッフさん達が手分けして探しており、警察にも届け出ているとの事でした。
片付け物を済ませ私も彼の家の近所を探しに出かけました。もしや彼女が恋しくてその近くまで行っているのではないかとか、テレビ局へ行く為に地下鉄の駅まで行っているのではとか、思い当たる所全てを当たってみましたが発見出来ず。
重い荷物を持ったままなのでそう遠くまでは行っていない筈なのですが…。
後は警察の捜索に期待してとりあえず帰宅します。
悶々と待っているとTさんからTEL。あても無く徘徊しカレー屋さんで食事した後どこかのお店で動けなくなったと救急車を呼んでもらいそれで見つかったそうです。
ほんの少しの手間を私が端折ったばかりに周りの人達に多大な迷惑をかけてしまいました。救急車の厄介になったのは前にもあったそうで確信犯的な面も考えられるのですが、本人には悪意など全く無く全て障害の所為って事なのでしょう。
普通に挨拶も出来、一見健常者のように見えますが、これが現実と空想の判別が出来ないという彼の発達生涯の実態のようです。
明日と言っていたのが今日に変わった時点でケアしておけばこんな事にはならずに済んだものを…。
しかし考えてみれば厄介な障害です。救急車を手配してくれたお店の人にしても、救急車の人にしても、なんの見返りもない事に振り回される訳ですから。かといって放っておけないのが人の優しさ、寛容さでしょう。
障害を持つ人達への寛容度がその社会の成熟度の目安であることは言うまでもありませんが、少しでもその社会のお世話にならずに済むよう努めるのが私の務めだった筈。この出来事のおかげでチャランポランのこの私もしっかり考えさせられました。
狡猾に見えますがそれはただ彼女と仲良くしたいだけ。別に詐欺を働く訳でも人を傷付けて金品を奪おうという訳でもありません。言い換えれば凄くピュアな心がそうさせているだけなのですから、私ももう少し大人になるべきでした。