回想

久々の定期検診。
来る度に様子が変わっているのですが、今日はまた大幅に変わっています。
まず玄関が工事中で向かって左側の入り口から入ります。自動受付機は2階の診察室前なので先に階段で2階に上がって行くと診察室や受付の様子がガラッと変わっています。丁度8時を過ぎ受付も開いていたので診察券等一式渡すと、自動受付機は1階にあるとの事、次回からは1階で受付を済ませてからこちらへ来て下さいと仰る。今日は例外としてこちらで受付けてくれましたが。
診察室も待合も配置が変わり、大型ディスプレイで診察の進捗が解るようになっています。おまけに遅れ時間まで表示されるようになっています。
診察前に血液検査と検尿があり伝票を渡されます。検体検査は3階に移動していました。血液検査の受付を済ませディスプレイを見ると待ち時間25分と表示されています。それがだんだん伸びて行きます。やっと順番が来て採血。そろそろオシッコも出せそうな気配なので採尿用トイレへ。
診察は10時30分。まだ充分時間はあるのですが、前回は予約時間より30分ほど遅れただけ。以前は1時間以上遅れるのが当たり前でした。最近はK先生の患者さんを減らし平準化を計っているようなので早めに診察室前で待機しようとの目論みです。
ところがK先生の遅れ時間は60分、他の若手の先生方2名は遅れなしの表示です。そして遅れ時間90分の表示に変わり、次には90分以上の表示。桁数が足りなくて100分以上は表示できないようです。この時刻で90分以上遅れるって…、ゲゲッお昼を過ぎちゃうじゃん。
そう言えば始めて受診した時もお昼を過ぎてからでした。あれからもう28年が過ぎてしまったのですねえ。
結果を聞きたくない気持ちもあり、「もう帰る。」とかみさんに駄々をこねていたらやっと呼ばれたのでした。
受診前にかみさんの病理学の辞書を下調べしてあり、十中八九これに間違いないだろうと思っていたのですが、もしかして間違いかも知れない。そんな淡い期待は見事に裏切られてしまいました。
触診、懐中電灯による透過光を調べてもらいながら、「やはり○○ですか?」と聞くと、「それだけご自分で調べられているのなら隠し立てしません。検体検査しないと確実には解りませんがほぼ間違いないでしょう。」
「奥さんもいらっしゃっているのなら一緒に聴いて頂きましょう。」とかみさんも診察室に呼ばれました。
入ってくるなりかみさんの顔が真っ赤になり大粒の涙がボロボロッと零れ落ちます。いきなりの出来事に何事かと思っているK先生に「Cancerと書いてある。」とカルテを指差します。丁度入り口が先生の机の横になっており覗くと丸見えだったのです。
「Cancerったって必ず死ぬって訳ではありませんから…。」意表を突かれK先生タジタジでした。
その後は本人の私よりかみさんをなだめたりすかしたり。
そのまま即入院と言われましたがやりかけの仕事の事もあり、「1日待って下さい。」
1日の執行猶予を貰い入院手続きの後すぐ会社へ。
入院後はすぐ手術。切除部位の検体検査の結果はやはり○○でした。その後は化学療法を何度か繰り返し、その度に吐き気と身体中に針を入れられたかのような激痛の連続。夜も痛みで一睡も出来ません。モルヒネを注射してもらうとその後数時間だけ眠る事ができます。しかし使用制限があり一度使うと何時間も間を空けなければならずその間は激痛に耐えるしかありません。
「こんな痛い思いをするのなら死んだ方がましだ。」なんて一度だけかみさんにもらした事がありますが、よくもまあそんな酷い事を口にしてしまったものです。どんな気持ちで聴いていたのでしょうね。
死んでしまえばそれで済んでしまう私とは違い、かみさんは幼児二人を抱え生きていかなければならないのです。そんなかみさんと子供達を気分転換にと外に連れ出してくれたSさん一家。本当の優しさをしみじみと感じたものです。
母親に早世され幼い頃から寂しい思いをして育ち、やっと掴んだごく普通の家庭の幸せ。そのかみさんの将来の夢を奪い何の生活手段も無いまま、また経済的にどん底生活を強いる事になってしまうなんて。
それがK先生のおかげで命拾い出来ました。
おかげさまで昨年T哉も所帯を持ち巣立って行きました。S司はまだプータローやっていますがもうすぐ28歳。親がいなくてもなんとかやっていけるでしょう。子供達が無事成人できたのもすべてK先生のおかげ。感謝感謝です。
そんなこんなを感慨深く思い出しているとやっと呼ばれました。
顔を見るなり「もう61歳、おめでとう。」相変わらず明かるいです。
私は「もう(おはようございますじゃなくて)こんにちは。になっちゃいました。」横の看護師さんが恐縮して「遅くなってすみません。」先生達の所為でもないのに。
「今日は特に混んでたんですね。」
「ううん、最近はずっとこんなだよ。」よく見るとK先生の顔色が赤黒いです。疲れが溜まっているようです。
「どっこも悪くないよ。でもPSAがだんだん上がって来てるよ。次は前立腺癌だね。」などと脅かしてきます。「でも大丈夫、僕の方が先に死ぬから。」
「先生、疲れ過ぎじゃないですか? 医者の無養生にならないでね。それにこんな隅っこに追い遣られちゃって島流し?」とブラックジョーク。
そこからK先生の病院批判が始まります。CSには力を入れているが現場の意見が全く反映されないetc.etc.
そういえば一番混むK先生の診察室が待合から最も離れた位置にあります。お年寄りなど動きの遅い患者さんも多いのになんでこんな場所なの?現場の意見も聴かずに机上でなんの考えも無く決めた配置を押し付けられた結果がこの混雑や遅れに繋がっているようです。
以前にも患者さん相手のCSアンケートを実施していました。まあ患者さんも顧客(カスタマー)ですわなあ。
良い意味で【医は算術】は必要な事です。最大効率を求めそれにより無駄の無い高次元医療に勤める。しかし患者さんの意見だけではなく現場の医者、看護師、スタッフの意見も反映されなければ片手落ちになってしまいます。K先生が「今の政治と同じようになっている。」と言っていましたが、ポピュリズムに走りすぎているって事でしょう。患者の意見も重要ですが同様に現場の意見も重要です。折角のCSの流れですが全てのステークホルダーの意見に耳を傾けなければ、最大効率最良成果は得られません。
現場の人達が疲弊してしまってはちっともサスティナブルではありません。その結果CSにも支障をきたす事になります。
命の恩人が疲れきって行くのは見るに忍びません。