ジェニファー・ジョーンズ

それは黄昏時のプロペラ機からの景色で始まった。
まさにトワイライトという表現がピッタリの景色だ。今まさに薄暮の夜景から百万ドルの夜景に変わろうとしている時である。
空港が近付き着陸姿勢に入ろうという時に字幕が流れる。イギリスのコロニーと説明されればすぐさま解かる、香港カイダック空港である。ビルの頂点をかすめるように離発着を繰返さなければならないこの空港は、滑走路の短さも手伝い離発着の難しさでかなり有名な空港のひとつであった。
今ではもっと東の方に大規模な埋め立てにより新たな国際空港が開設され、国際線がこのカイダック空港を使う事はない。
そして哀愁を帯びたメロディーが流れる。Love is A Many-Splendid Thing …………Yes true love's a many-splendid thing〜♪
昔懐かしい名画「慕情」の冒頭の場面である。
青春の頃に大きな感動を与えてくれた名画である。
齢40を過ぎた頃、仕事でこの地を訪れた事がある。空き時間を作り微かな記憶を辿りながらビクトリアピークへ登った。二人がデートした場所なのだが、草原の丘に一本だけ木が立っていたように思う。結局その場所らしい所は見つけられなかった。戦後まもなくの頃であり当時から40年以上経っているのである。なにもかも当時のまま残っていることなどありえない事は承知していたのだが…。
古い因習やしがらみを断ち切って米国人従軍記者との結婚を決意したやさき、ハン・スーイン女医にもたらされた訃報、その彼の戦死の知らせであった。
あまりにも切ない結末と哀愁に満ちたメロディー。これが数十年の歳月を経ても尚私の心の片隅に残っていたのである。


先程夕刊に目を通していたら、三面にジェニファージョーンズの訃報。御歳90才だったとの事。逆算すると終戦当時で26歳、映画出演は30歳くらいの頃だったのだろうか。脂ののりきった頃である。チャイナドレス姿もかなりのセクシーさだった。
ジェニファー・ジョーンズというとこの慕情以外には知らない。それほどまでに傑出した作品だったのだろう。そしてこの私の記憶の中にこの名前=慕情が今でも残っていたのである。
いつまでも心にズシンと残る感動を与えてくれた女優さんである。
ご冥福をお祈りします。