上高地

T哉は先程出かけて行った。
今晩は沢渡駐車場で車中泊、明日早朝のバスで上高地入り。明日の夜はちゃんと民宿に泊るそうだ。
「夜は寒いかな?」
「長袖着てりゃ大丈夫だろ。念のため毛布一枚持って行きな。」
寝袋と言いそうになって引っ込めたのである。広げると一枚になる寝袋はS司が学校へ持込んでいる。あるのは化繊のミノムシと古い羽毛のミノムシだが、化繊の方はS司の寝小便が染込んでいるし羽毛の方もボロボロでいつパンクしても不思議ではない。どこかのお嬢様にこんなものを使わせる訳には行かない。
上高地って歩くだけだよね。山登りじゃないよね。」
「平地の散策。まわりに山があるだけ。」
幾度となく訪れていても幼い頃の事なんてな〜んも覚えとらん。
そして今では観光客としての訪問である。
そう言えば昔は涸沢合宿の後上高地へ下山するのがことのほか楽しみだった。ミニスカート、ハイヒールのお姉ちゃんを見るのが楽しかったのである。一週間ほど浮世から隔離されていると、シャバに戻った時はどんなブスでも美人に見えるものである。太腿もあらわに放り出したフトモモネエチャンを見るだけでムラムラッとするのである。今では何を見ても何も感じない不感症親爺になってしまったが当時は健康そのものだったのである。

どういう経路で行くか聞いて来なかったが、いちいちこちらから干渉する事もないだろう。どうせ私の情報なんて一昔前の情報。今の若者に言わせると「なんでそんな所から行くの?」って事になってしまう。
たぶん中央道で松本まで行きそこから158号線なのだろう。ETC割引きもあるだろうし。しかしどう見ても遠回りとしか思えんがなあ。

毛布一枚しか積んでいなかったが、二人で半分づつ被るのかな? エイトってセンターコンソールが邪魔で使い難いだろうに。
こんな時Friendee君は便利だったなあ。屋根を上げて2Fで星を見ながら寝るのも風情があって良いものだった。
沢渡ねえ、最後に行ったのはいつだったっけ?S司が高校2年の時だからもう8年も前の事か。
もう上高地なんて行く事も無いのだろうなあ。まして涸沢なんて…。