サンプルホールド&霧氷

取込んだアナログ信号をデジタル処理の為デジタル値に置き換えその値を記録する。
入力するアナログ信号は複数ある為、各入力を切替えながら1つのADコンバータを共用する。
そのAD変換する間、入力を一定に保っておくのがサンプルホールド回路である。
恣意的にある値の時だけサンプルホールドし続ければあたかもそれが常時の事であるかのように思い込んでしまう。
特に学校での試験などそれが顕著で、普段は全く勉強なぞしなくても試験前の一夜漬けでも毎回良い点を稼いでいれば、それがあたかもその人の実力のように見えてしまう。こうなるとサンプルホールドと言うよりピークホールドである。(実際にピークホールド回路もある。)
突然何を言い出したかと怪訝に思われたでしょうが、これ、今朝の新聞の写真で思った事。


1月27日中日新聞朝刊一面に御在所山頂の霧氷の写真。薄っすらとした青空をバックに木々に付着した真っ白の霧氷。1-2cmに成長した様は皆風上に向かい、海老の尻尾様の形をしている。
きっと長時間粘った結果の淡い青空だろう。昨日は私もそこを通ったが、時折晴れ間が覗く程度、それも真上だけである。ほぼ水平の角度に青空が現れる事は無かった。その後、鎌の方へ行ったが終日曇り勝ちの一日だった。
たとえ一瞬でも青空が写っていれば、見る人は終日好天だったように思ってしまう。毎年この時期「御在所の樹氷」と題して青空をバックにした写真が紙面を飾る。これを見続けると、この時期の御在所は毎日晴天かと思い込む人がいるかもしれない。まさかそこまでは行かないだろうが、サンプルホールド効果があることは確かである。
昨日曇天の中、朝陽台に大勢いたアマチュアカメラマン達も、このような一瞬を狙って寒い中耐え忍んでいたのかな。
そして今日もまた、殆ど偽りに近い一瞬を切り取る為に大勢のカメラマンが凌ぎを削っていたのだろう。
作意と作為、同じ発音ながら字は違う。しかし根の所では同じものなのかもしれない。


話は替わって、新聞記事では昔から御在所の樹氷と呼んでいる。巷のNet上のページを見ても皆さん樹氷と呼んでいる。
別に誤用ではないのだろうが、ニュアンスとして樹氷と言われると東北の山に見るあのモンスターを連想する。と言っても現物を身近で見たのは蔵王スキー場の樹氷しかないのだが。
まさに怪物である。過飽和水蒸気の付着だけでなく当然雪も含まれている。H2Oなら何もかも氷の鎧として身に纏った巨木の林立である。「ああこれぞ樹氷!」この光景が脳裏に焼き付いてしまった者には、鈴鹿辺りで目にする疎らな樹枝も明瞭に解るものを樹氷と呼ぶには大きな違和感がある。それで偏屈者の私は、いつも霧氷の付着と呼んでいる。単に私個人の感性が言わせているだけなので人に強要する気は全く無い。しかしながら聞く度、目にする度、違和感になにかしらの苛立ちを感じるtanuoさんなのである。