身分なき共犯

今日の朝刊に載っていたものだが、聞き慣れない言葉だ。
そして夕刊では、防衛汚職としては氷山の一角であり蜥蜴の尻尾(守屋夫妻と山田洋行日本ミライズ)切りで終わってしまうのではないか? なぞという記事が掲載されていた。
身を挺して国防にあたっている自衛官達の頭の上ではこんな事が慢性的に起こっていたなんて、実務に服している人達にとって本当に耐え難い事でしょうね。
今になってみると小池の百合ちゃんとのいさかいもこの事の延長線上にあったのかなあ、なんて思っちゃいます。
普通なら亭主をたしなめる筈の夫人の方が率先して賄賂を要求、尻に敷かれた旦那はその言いなりになっていた。という構図だったようだ。
悪妻を律する事もできない無能なおっさんが、どうやって防衛省という大組織を率いて行く事が出来よう。そんな愚か者でも務まるというのも平和呆け能天気の日本らしいか。
日本という国は安倍さんのキャッチフレーズのように元来美しい国であった。まず住んでいる人の心根から美しい国であった。
昨夜のNHK緒方洪庵、流言蜚語に流され種痘を拒む人々に、引替えに米を与えてまでして民衆を救おうとしていた。
かつて全ての人が持っていた【滅私奉公】の精神っていつごろから無くなってしまったのだろう。やはり今の教育制度に問題があるような気がする。「人が生きていく上で何が最も重要な事か。」こんな事を教える親もいなけりゃ、近所の偏屈親爺もいない。学校の先生にしたって教科書以外の事なんて子供同様に無知だ。受験地獄の学歴社会は官僚天国になることは歴史が教えている。
「カトウ挙に赴きてケイに到る・・・」漢文であったなあ、科挙の試験に出かけたが何だったか困っている人に出会い間に合わなくなってしまった。という内容だったような。
四書五経の丸暗記といった机上の論理しか知らない連中が特権を握っていたんじゃ、その頃の中国同様汚職があたりまえとなって当然である。


緒方洪庵から医者について思いが移る。医療過誤やら利権争いなど相変わらず騒がしいが、身近のお医者さんというとやはり立派な人が多い。一部ではそういった事もあるのだろうが、毎日戦場のような現場で医療にあたっている人達はそれらとは全く無関係で患者の為に誠心誠意尽くしている。まあ中にはちょっとピントのずれた人もいるにはいるが。
そう本日F病院最後の検診を受けてきた。近所の眼科医院からの紹介状でF病院へ行ったが、術後はまた近所の医院へバトンタッチ。F病院での最初と最後は紹介のT医師で実際の処置と経過診断は担当の医師(6級美人のO先生)だった。
その最後のT医師の検診がどうもトンチンカンだったのだ。どうみてもO先生の報告など目を通していない。まあ命に関わるようなものではないが真剣みが足りない。頭に残っていた先週のO先生の腑に落ちなかった言葉がこれで納得してしまった。
「・・・はT先生がお決めになることですから。」いやによそよそしく他人事のような言い回しが、それまでのO先生らしからぬ言動と思えたので。
たぶんT医師はO医師達の上司に当たるのだろう。その間の意思疎通が若干上手く行っていない様な印象だ。
病院全体としては非常に先進的で業務自体もまずまず上手く機能しているようだが、現場の第一線の医師達の能力を充分引き出せていないような印象を受けた。もっと責任を持たせて任せてしまえば、もっともっと伸びるだろうに。
実務から離れ管理面を志向した結果がこんな軋轢となっているのだろうか。
対照的に日赤のK先生が思い浮かぶ。もう大分前に肩書きは部長となっているが、相変わらず実務一辺倒の先生である。殆どの手術を執刀し、診察室ではいつもにこにこ冗談を交えて話す人懐っこさは肩書きの堅苦しさなぞ微塵も感じさせない。きっと生涯現役で通すんだろうなあ。私の命の恩人である。
技術畑の人は現場から離れては駄目だ。私の人生最大の失敗は現場から離れてしまった事である。T先生も私と同じ迭を踏まなければ良いが・・・。


守屋さんも出世し過ぎて実務から離れすぎてしまったのが腐敗の一因ではないのかなあ。大抵のお役人がそうであるように、最初は天下国家の為に粉骨砕身の覚悟だったろうと思います。10年20年と経つ内、皆変わってしまうのでしょうかねえ。
如何に文民統制といえども微温湯に浸かりきった文民では武官の上に立つ事はできません。たとえ1年でも最前線の自衛官同様命の危機を感じて貰わなければ自衛官の気持ちなぞ理解出来ないのではないか。なんて思ったり・・・。