貧困

最近かみさんが寝室に来るのが早い。早く来てTVを点けっ放しにするのである。おかげで神経質な私はなかなか寝付けない。
昨夜もTVの音が気になり、結局外してあった眼鏡をかけて見てしまった。
職場で鬱病になりそれがきっかけで退職、定職に就けず深刻な貧困に陥っている人達が多いそうだ。
取材の対象となっていた人は35歳の女性と40代の男性。
女性の方は大学卒業後大手企業にOLとして勤務していたが、鬱を発症し退社。当時手取り30万円もあったのが今は派遣のOLで12万円ほど。4万円強の家賃を払い残りが生活費。食費は毎日二食で1斤80円で買い溜めした食パンのみで月6000円ほどとの事。独身である。
男性は奥さんと二人暮し。同様に鬱を発症し退社、その後定職につけず不定期のバイトをしているとの事。ストレスから来る過食で数十kg体重が増えたそうだ。
鬱という病気がどんなものか知らないだけになんとも言い様もないが、見ていたかみさんが辛辣な事を言う。
「プライドが高すぎるんじゃないの? 20歳そこそこで30万も貰ってたから。チーチーパッパのガキが実際にそんなに付加価値を稼ぎ出していたなんて絶対にありえない。」
「OLに拘らなきゃ直ぐ定職に就ける。パートでも介護の仕事でもいくらでもある。ジャスコのレジ係でも土日も出れば20万円くらい直ぐ行く。」
「12万円から家賃4万円払ってもあと7万円あるじゃないの。全部貯金してるんじゃないの?」
次から次へと機関銃のように言葉が出てくる。
「男の方も何十Kgも太ったって、食べるからじゃないの。そんなに食べられる食費が出せるって事でしょ。ちっとも貧困じゃない。奥さんに食わせて貰ってるのかなあ。」
言われれば尤もである。病気の所為もあるのかもしれないが、自分自身がそれで良いと現状に納得してしまっているのではないか。本当に困っているのなら何とかしようとする筈である。
鬱の治療薬の所為で仕事中に居眠りをしてしまい定職からまた不定期のバイトに逆戻りしたそうな。薬なぞに頼らなくても昼間へとへとになるくらい身体を使って働けばどんな不眠症の人でも丸太のように眠れる筈である。その方が自然に鬱も改善されるはずである。
そしてかみさんの機関銃がまた火を噴く。
「幼い時に本当の貧困を経験している人ならあんな事にはならない。あの人達、甘えているよねえ。」
鬱という病気の所為かもしれないが、そう言われれば私もそう思う。がむしゃらに生きていかなければならない、というハングリーさが今の若い人に欠けているようにも思える。ぼろ儲けなぞできなくても、【稼ぎに追い着く貧乏なし。】というじゃないか。客商売は土日の方が引く手数多で時給も良いのである。人が嫌がる体力的にきつい仕事の方が健康にも良いのである。
その後はかみさんの思い出話。
母親の入院中、隣の家でご飯を食べさせてもらうように言われていた時があったらしい。かみさんはそれが嫌で学校から帰ってきても隣へは行かず、食パンがあればマーガリンを塗って食べていたそうだ。それが格別旨かったという。大抵はパンも何もなく、お茶の葉っぱを齧って飢えを凌ぐのが常だったらしい。育ち盛りの子供の頃の事である。それに比べればやはりあれは本当の意味の貧困ではない。自分で選んだ生活というべきだろう。職種に固執しなければ今よりもっと稼げるのだし、鬱という病気に甘えていなければ活力も沸いてくるように私には思える。


折角早く寝ようと思っていたのに結局12時近くまで眠らせてもらえなかった。
おい、おっかあ。おまえさんもう少し自分の身体を労わってやれよ。せめて睡眠くらいしっかりとらなきゃ、その内身体を壊すぞ。
あの人達もうちのかみさんくらい身体を使って働けば、稼ぎもさることながら精神的にずっと健康でいられるだろうに。
あの生活の貧困は精神の貧困に由来しているのではないだろうか。