御在所の七不思議 ⑤

⑤The lost view (失われた光景)


御在所について、ひとつの記憶がある。
足繁く通っていた現役の頃のものでも、再開した今のものでもない。
Sさんに連れられ初めて御在所へ行った時のものだ。
どこをどう登ったのか全く記憶がないが公共交通機関を使い下から歩いた事だけは憶えている。当時はそれが普通だった。既に車には乗っていたが山歩きは公共交通機関を使うのが当時の常識だった。当時はそんな意識は無かったが、今よりずっとエコロジカルだったのである。
精魂尽き果て辿り着いた山頂の御岳社からのものだったと記憶しているが、そこからの光景がまるで写真のように思い出されるのである。
その光景と同時にSさんの言葉も想い出すのである。
「あれが武平峠。みんな御在所に登った後、あそこを通って鎌まで縦走するんだ。」
最早歩く気力さえ失っている私にとってそんな事は別世界の事。私とは全く無縁な事と聞き流していた。
そしてその光景というのが今のものとは全く違っているのである。
正面に峠の鞍部が見えその両側が高くなっており、どう見ても東側か西側から見た景色としか思えないのである。しかしそんな位置からでは見下ろすのではなく見上げるものになってしまう筈である。
私の思い違いでもっと別の場所からみたものかもしれないのだが、そのように見える所はどこにもない。数十年前に大規模な地殻変動があったなどという記録も無い。
疲労のあまり幽体離脱して中空から見下ろしていたのだろうか。


そしてもうひとつ。
その帰りの景色も今では見つける事のできないものなのである。当時既にスカイラインは開通しており今と変わらない所を歩いた筈なのだが、その時に歩いた道の記憶が今のものと全く違っているのである。
あれこれといろんなところを歩き、探してはみたものの未だにあの道からの景色には巡り合っていない。


山の神様は時として通常では考えられないような景色を見せてくれるのである。