ペタペタ靴

勝手に私がこう呼んでいるだけで、クライミングシューズの事である。
今、御在所藤内周辺に来る人は皆例外なくこれを履いている。しかしイニシエ親爺の私としては少なからず疑問を抱いている。
昔の人間としては、この辺りのゲレンデは山へ行く為の練習場と捕らえていた。その山の最終目標はやはり冬山である。冬山での行動には岩登り技術は不可欠である。だからそのお稽古の為に毎週飽きもせず御在所通いを繰り返していたのである。
当然足には山靴、手には軍手が常識であった。


しかしその疑問は私の思い違いのようだ。
今ペタペタ靴を履き、素手にチョークの人達は山屋ではないようなのだ。「じゃあ何をしに?」ただ単純にスポーツとしてのクライミングを楽しみに来ているらしい。インドアとはチョット味の違う(外岩と呼んでいるらしい)自然の岩を味わいにきているらしい。
考えてみればおかしなものである。岩登りの練習の為、屋内に岩を模した人工壁を作り、その方がメジャーになってしまった。その多くのインドアクライミング人口が今度は元来の岩登りに逆戻りしている。
しかしこれがきっかけで、衰退気味の山屋人口が増えるのは嬉しい事である。最近では山というとお年寄りを連想してしまう。やはり何事にも次代を担う若い人の存在が重要である。山道を歩いていて行き会う人は十中八九はお年寄りであるが、先週、今週と藤内で見かけた人は圧倒的に若い世代が多い。この人達の2-3割で良いから山に取り付かれてくれないものか…、などと人の不幸?を願っているtanuoさんなのである。


山行形態の中でも岩登りがひとつのジャンルとなっているように、それに特化した道具があってもおかしくない。
ペタペタ靴を、「あんなもん反則だ。」なぞと感じた私ではあるが、私自身夏場はクレッターシューズを愛用していた。夏冬兼用の山靴を履いていた連中は私のクレッターに対し、「あんなもん反則だ。」と思っていたに違いない。
実際、山靴とクレッターではグレードにして一級以上の差が出る。山靴でもズックでも絶対に登れない前尾根Ⅵ級フェイスもクレッターならスイスイと登れるのである。
先週27年ぶりの前尾根での登り始めの四苦八苦は、山靴でいきなりだったからかも知れない。同じ楽しむのならより快適により多く楽しんだ方が良い。あのペタペタ靴ならどんなスラブも吸い付くように登れるのではないか? 足裏に神経を集中し微妙なバランスを楽しみながらの登攀は言葉では言い表わせないほどの快感である。ただ登る事のみに集中している瞬間は、一切の雑念など微塵も入り込む余地が無い。一度この快感を味わった人は生涯忘れる事は無い。緊張時のドーパミンの大量分泌の後はエンドルフィンなどの脳内モルヒネが分泌され、えもいわれぬ快感に浸れるのである。麻薬なぞに依存しなくても副作用も無く健全に至福の一時が得られるのである。
昨日、復帰後2回目の前尾根では、初回ほどの緊張も肉体的苦痛もなくただ楽しいだけであった。この楽しさは遊びと同種のものである。ただ歩くだけでは絶対に得られないものである。事実、岩登りを始めた人は、歩くのがバカバカしくなってしまい、歩くだけの山行には殆ど行かなくなってしまう。
私もペタペタ靴買っちゃおうか? 身体が慣れてきたら次は中尾根へも行ってみるか? なぞと良からぬ考えが浮かんでくるのである。
困った不良親爺だ。