アナログ人間

昨日御在所通勤の帰り、ホームセンターへ寄り道。
久しく通らなかった道だが、この渋滞は一体なんなのだ。「来るんじゃなかった。」と後悔しながらも、引き返す事も出来ずじっと我慢の子。
やっと到着し時計売り場へ。かなり前から腕時計のベルトが壊れかけておりベルト調達が目的だった。
近所に多数あったホームセンターやディスカウントショップは悉く商売替え。細々と営業している所も時計販売からは手を引いてしまった。バブル後の縮小安定そのものである。おかげでこちらは不自由極まりない。
ここのホームセンターの時計売り場も大きく規模を縮小しており、一見時計を扱っていないように見える。時計ベルトがどこにあるか聞くと、奥の人目につかない位置に案内された。陳列数、種類共に少なく、金属ベルトは置いていない。革ベルトは汗でベタベタになるから厭だ。合成ゴム製は安っぽ過ぎる。(まるビのくせに注文が多いですな。)
すぐ傍に金属ベルト付きの時計が880円で売っている。革ベルト単体でも1,050円である。まるビの私がこれを選んだのは言うまでも無い。
有難い事に針式のアナログ時計なのである。安物なのでムーブメントは当然クォーツ。いまや機械式は何十万円、何百万円とするブランド品にしかないのである。
私はアナログ人間である。時計もアナログしか使えない。私が時計を見る時って、「○○時まで後どれくらいあるか?」を知る為である。針式の時計は○○時までの針の角度で体感的に解かる。デジタルだと足算引算が必要になる。おまけに面倒な事に時間の単位は60進法なのである。電卓でも無い限り私の脳ミソでは計算が出来ないのである。
そんな訳で今の時刻を知る為だけに時計を見ることは無い。今の時刻を知って何のご利益があるというのだ。Hiking Memoの時刻は専らデジカメの写真から情報を得ているのである。
仕事でもアナログ回路設計の方が好きでこちらばかりに偏っていた。電気の面白みはやはり信号をアナログ処理する所にあると思う。いつしかそんな仕事自体が少なくなり、今では殆ど無くなってしまった。仕事を失ったおっさんの行く末は決まっている。窓際、瀬戸際、濡れ落ち葉である。なんだ、OA音痴のおっさんを絵に描いたようなものではないか。


帰宅後ベルトの付け替え。現在使用中の方に買った時計のベルトを付け、壊れかけのベルトを新しい方に付ける。こちらをHiking用とし古い時計+新しいベルトはオフィシャル向けとする。
廉い買い物をすると凄く心が豊かになれる。達成感、満足感が味わえるからだろうか。そんな事にしか幸せを感じられない私って、やはり変?